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「実録、不条理(その二)」(2005.11.28)
「飯がないと囚人が暴れ出すよ。」その言葉がエチ・ジョハルシの耳にこびりついている。エチ・ジョハルシ45歳、タングラン刑務所指定業者のひとり。かの女は刑務所囚人用食品素材納入業者なのだ。
エチは毎日、2千人分の食材を納めなければならない。しかしタングラン地区管内5ヶ所の刑務所は昨年から未払いが続いており、残高はもう15億ルピアを超える。囚人一人分を一日5千3百ルピアと計算すれば、エチは毎日1千万ルピアを手にして食材を確保しなければならない。エチの事業資金はもう底をついている。本音を言えば、もう納入はできない、とあっさり終わりにしたい。しかしこれまで12年間指定業者を務め、調子の良いときは儲けを楽しんでおきながら、厳しい時期になるとすんなり手を引いてしまうのも、・・・。かの女の心の底は首を横にふっている。ましてや何千人もの囚人が腹をすかせるのを、とても放っておくことはできない。
エチはもう何度も刑務所長に窮状を訴えたがその都度、「公費の出金がまだ降りないので、もう少し待ってもらえないか。」と説得されてきた。しかし、資金がないのをどうすれば良いのだろう?かの女は食材を小規模商人たちから買っている。そんな商人たちは毎日の日銭で生活しており、ツケにすれば今度はかれらが食うに困る。だから資金は銀行から借りるしかない。土地建物登記証書を抵当にして、エチは銀行から融資を受けた。はじめはひとつの銀行だけ。ところがそれだけでは終わらず、借り入れをおこした銀行はもう数軒にのぼる。その金ももうすぐ底をつく。そうなればお手上げだ。納入が一日遅れるどころか、半時間遅れただけで、刑務所の厨房から電話が入る。エチは、食を与えないことは人間性にもとると考えている。だから自分ができる限りのことはする。おまけに相手は政府だ。政府はわたしら国民が一生懸命尽くしたことを、まさか見捨てたりはしない、エチはそう信じている。「わたしらはコングロマリットじゃなく、囚人に食を与えているただの小市民なんです。役人のみなさん、どうか助けてください。」エチはそう独白している。
ボゴールでも同じ状況だ。ボゴール第二A級刑務所に食材を納めているCVビナバンサも、巨額の未収金を抱えている。昨年ボゴール刑務所は8.2億ルピアの未払い金を計上した。それがまだそのままというのに、また何億もの未払い金を追加している。いまボゴール刑務所管区の囚人数は1千3百人で、その食材購入に必要な資金は一日6〜7百万ルピア。CVビナバンサの事業主は、他の事業を行っていなかったら、刑務所とのビジネスはとっくの昔に終わっていただろう、と語る。かれもエチと同様、囚人たちへの義務感に絡みつかれている。刑務所長へは未払い金督促を何度も行ったが、刑務所長は本省から公費が下りてこないのでもう少し待ってくれ、と事情説明を繰り返すばかり。「刑務所長が頭ごなしに威張った態度を示したら、すぐに手を切ったんだが・・・」とかれは語る。
しかし全国すべての納入業者がかれらのように状況を受け入れ、協力的姿勢を示しているわけではない。南カリマンタン州バンジャルマシンでは、納入業者がすでに手をあげている。
ハミッ・アワルディン人権法務相がその状況を知らないわけではない。去る6月、今年の改定予算国会審議の中で、同相は840億ルピアの予算を申請したが、与えられた予算枠はわずかに250億ルピアだった。人権法務省の刑務所囚人食費は1,440億ルピアの負債となっている。国会第3委員会はなぜそれだけの予算しか与えないのだろう。アグン・グナンジャル議員によれば、大蔵省が刑務所の標準キャパシティに従って予算組みをしているからということらしい。ところが全国の刑務所で、オーバーキャパシティでないところなどないと言っても過言でない。2002年の囚人総数は6万8千人だったが、2004年には8万7千人に増加している。誰もがこの問題をいつまでも放置してはならない、と言う。資金力のない業者が大半を占めている食材納入の場面で、ばたばたとかれらが倒産していけばどうなるだろうか。囚人たちが空腹をいつまで我慢できるだろう。8万人を超える凶状持ちが一斉に暴れだしたとき、・・・・。それを考えて肝を冷やさない政治家が果たしているのだろうか?
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「アワードビジネスが繁盛」(2005.11.21)
ビジネス界で精力的に活動しているCEOたちにオファーがくる。「xxxさん、実はあなたが今年のベストビジネスマンアワードに選ばれたのですが・・・・」「あなたが今年の理想のパパアワード優勝者なんですよ。・・・・」オファーしてくるのは、これまで聴いたこともない民間機関を名乗る者。「おお、そりゃうれしいね。」「つきましては表彰パーティのご説明にあがりたいと思いますので、お時間をいただけませんか?」
こうして約束の時間に、うれしいニュースを引っさげた男がネクタイスーツに身を包んでやってくる。ひとしきり表彰パーティの企画を並べ立てたあと、スター級ホテルのそのパーティ会場のテーブル配置を示して、「テーブルはどの辺りがご希望でしょうか?このあたりだと1千万ルピア、遠いほうは5百万ルピアですが・・・」これを追い帰す人もあり、言われるがままにあとで金を振り込む人もあり、どうもこのビジネスが盛んになっているところを見ると、追い帰す人は少数派のようだ。
四、五人に名目の異なる額入り表彰状を与え、スター級ホテルでディナーパーティを開き、アワード優勝者の親族友人にテーブルを買ってもらうよう働きかければ、数千万から億単位の純利が残るにちがいない。かつてオルバ期には、スハルト大統領が国内視察を行うと、視察先の地元有力者を大統領から近い場所に立たせて一緒にいるところの写真を取り、それを一枚数百万ルピアで買わせるビジネスが確立していたが、裏にある心理はどうもあれと通ずるように思われる。人間心理のひだをかきわける術にかけて、これほど巧みな民族はほかにいるのだろうか?
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「実録、不条理(その一)」(2005.11.14)
デポッ市チマンギスに住むワワン・スティアワン35歳は友人のサイフル・アナムの頼みを快く受けた。「なあ、ワン。オレはクレジットでオートバイを買いたいんだが、ジャボデタベッ住人でなきゃクレジットが降りないんだ。おまえのKTPを貸してくれや。」東ジャワから上京してきたサイフルはKTPの切り替えをしていないし、切り替える気も持っていない。
ワワンの助力でサイフルは、スズキショーグンの新車を手に入れた。言うまでもなく、購入者はワワンになっている。ところが、友人と信じたサイフルが、ワワンの信頼を裏切ったのだ。サイフルはオートバイと一緒に姿を消した。それが今からおよそ一年前のこと。
ワワンを悲運が襲った。サイフルが踏み倒した返済残高はおよそ6百万ルピア。穏やかな返済督促がそのうち、乱暴に荒れ狂うデットコレクターの登場へと変わった。ワワンは月額57万7千ルピアの返済金を四回、身銭を切って納めたが、定職のないワワンがそれを完済まで続けるには無理があった。
ワワンの妻、エニ30歳は、毎日自宅の前で野菜を売り、家から近い住宅地区ラフレスヒルズで洗濯女の仕事をして一家の生活を助けている。長女のエルナ15歳はまだ中学生だ。ワワンはラフレスヒルズ住民のお抱え運転手に雇われたこともあるが、サイフルの裏切り行為とその後起こったデットコレクターの粗野な対応から、重度のストレスにかかってしまった。そんな状態で仕事が長続きするはずがない。「貧すれば鈍する」の悪循環は悪化の道をたどった。
こうして、とある日曜日の夜、家に戻ってこないワワンを探しに出たエニが、家から30メートルほど離れた空家の中で首を吊って事切れている夫を発見したのである。夫と父親を失ったエニと子供たちに、こんどは自分たちがデットコレクターの矢面に立たされるのか、という恐怖がまといついている。
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「愛すればこそ」(2005.11.7)
ハサヌディン37歳は落ち着きを失っていた。妻のレニー・マルリナ30歳がもう三日も家に帰ってこないのだ。いくつかのテレビドラマに端役で出るようになったレニーは、撮影がどんなに長引いても、たとえ深夜12時を過ぎても家に帰ってきたというのに、今回に限って帰宅しない。レニーの携帯電話にかけても、電話は切られたままだ。
ハサヌディンは妻のレニーとふたりの子供と四人で、東ジャカルタ市マトラマンのピサガンバルに平和で愛情に満ちた家庭を営んでいた。レニーはなかなかの器量良しでスタイルもよく、ハサヌディンにはそんな妻が自分の心の中だけにせよ、自慢の種だった。ジャティヌガラ市場で下着を売っているかれの稼ぎはしれたものだが、つつましやかな、しかし幸福な暮らしをこの一家は送っていたのだ。あるときレニーが、思いがけないことからテレビドラマ「バジャイ・バジュリ」にチョイ役で出演することになり、その姿がブラウン管の中に登場した。それがきっかけでレニーはいくつかのシネトロンに出るようになった。まるでセラブリティになったような気分は悪いものじゃない。そしてわたしにだってギャラが稼げるのだ。これで家計を助けて、もう少し良い暮らしを愛する家族に味あわせてやりたい。レニーの心にそんな抱負が湧き、毎日の暮らしにこれまでなかったような張り合いが生まれた。
ハサヌディンは妻のウキウキした毎日を喜ぶ一方で、頻繁に家をあけるようになった妻に対して心の奥底に不満が鎌首をもたげるのを禁じえなかったが、レニーにはその新しいキャリヤーを続けることに賛成すると笑顔を向けた。そしてついに妻が二晩も無断外泊するという事態にかれは直面することになったのだ。
10月24日夕方、レニーは帰宅した。ハサヌディンは、妻がいつもの妻でなくなってしまったように感じた。憂い顔でレニーが言う。「ねえ、あなた。嘘偽りなしで、本心からのお話がしたいの。」
ハサヌディンは子供たちを呼んだ。狭い家の中で夫婦喧嘩沙汰になっても子供の教育上よろしくない。「今日のブカプアサはお婆ちゃんちでしておいで。お婆ちゃんもおまえたちに来てほしいから。」子供たちはふたり連れ立って、家から徒歩で十数分のところにあるハサヌディンの母の家に出た。
レニーは二晩の間何が起こっていたのかを正直に打ち明けた。シネトロンの撮影のあと、芸能関係のフォトグラファーがレニーにアプローチした。そして、レニーを売り出したい、と言う。さまざまな雑誌やタブロイドにレニーの写真や記事をどんどん掲載できる、と言うのだ。そうやって人気をあおり、自分がコネを持っているプロデューサーに売り込めば、もう端役なんかじゃなくて主役が取れる。「あんたなら絶対だよ。」そう言われてレニーの心が動いた。自分がスターになれたら、家族みんなは御殿に住むことも夢じゃない。
話し込むうち、そのフォトグラファーに誘われてレニーは二晩その男とベッドを共にしてしまった。それは自分がスターになるための前金のようなものだ、とレニーは思った。自分がこの世界でキャリヤーを積むことに賛成してくれている夫はきっと分かってくれるにちがいない。・・・・・
「なんてことをしてくれたんだ!」ハサヌディンの怒りが爆発した。その世界では大勢がそんなことをしているという話を知らなかったわけではないが、まさか自分の妻が。ハサヌディンは妻と世の中と、そして自分自身すら許せなくなっていた。かれは怒りの中で、台所にある包丁を手に取った。「俺はおまえがそんなふうに汚れていくことに耐えられない。ふたり一緒に死のう。」激情がかれを突き動かした。レニーはハサヌディンの心を理解し、自分の過ちを悟った。ふたりして遺書を書いたあと、ハサヌディンが包丁を振るった。身体を守ろうと無意識に上げた手から血がはじけ、次の一突きが胸に入る。そして愛する妻を早く死なせてやろうと考えたハサヌディンの手は、レニーの首に向かった。そうしてからハサヌディンは自分の左手首を切った。これでは時間がかかる。そう考えたハサヌディンは、包丁を自分の胸に突き立てた。
子供たちが日没後の闇の中を、いとこに送られて帰宅してきた。でも家に明かりはついておらず、そして表ドアは中から鍵がかかっている。「どうしたんだろう?お父さんとお母さんはどこへ行ったのかしら。こんなふうに閉め出されたことは一度もなかったのに・・・・。」長女のフィスカ12歳は強い疑惑を感じた。ともかく家の中に入らなきゃ。安普請の表ドアは棒でこじれば鍵が外れることをフィスカは知っていた。隣のおばさんからほうきを借りて扉をあけ、家の中に入った三人の子供たちの口から悲鳴がほとばしり出るまでの時間はごくわずかだった。その界隈に響いた子供たちの悲鳴を聞きつけて、隣人たちが集まって来る。そして血だまりの中に横たわっているレニーとハサヌディンの姿を見出し、ひとびとの慌しい動きが始まった。レニーは事切れており、ハサヌディンはまだ息があったので病院に運び込まれたが意識は戻っていない。
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