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第2回 (2005.11.22)
日系企業の多くはジャカルタ駐在員に自動車の運転を禁じていると聞く。1970年代、ジャカルタの四輪車登録台数が250万台などというのが夢のまた夢という時代、街中を走る車の半分がセコハン車で、都内で交通渋滞が発生する場所を数えるのに両手の指で十分に事足りたころ、自動車の運転を駐在員に禁じる会社はあまりなかったように記憶している。たとえあったとしても、はたしてジャカルタの交通事情がその理由にされたのか、それとも別の理由によるものだったのか、そのあたりの消息はいまでは判然としないが、それはそれとして、事故を起こした際の心得は広く人口に膾炙していたものだ。人をはねたらまず逃げて、それから警察に出頭しろ、と言うのである。車を停めて被害者を助けようなどと断じてしてはならない、というのだ。
あれからもう30年以上経つというのに、同じセオリーは今でも生き長らえているらしい。外国人が自分で運転していて通行人をはねたらまず事故現場を離脱して、そのあとで信頼できるインドネシア人に収拾を依頼するべきだとアドバイスする人は多い。自分で現場の収拾にあたろうなどとしようものなら、周辺に居合わせた被害者とは縁もゆかりもない群衆のリンチのターゲットにならないともかぎらないし、そうならなかったとしても、親族との示談交渉を直接受ければ、『親族』と名乗る人間が続々と入れ替わり立ち代り現れるかもしれず、そして賠償金額の桁も地元相場からはずれたガイジン価格になるのは大いにありうることではないかと思われる。
ジャカルタで登録された自動車のナンバープレートに記されるコードはB。地方部へ行ってみればよくわかるが、Bナンバーをつけたジャカルタ・ドライバーの走りは傍若無人。きわめてアグレッシブな動きを展開するので、比較的おとなしく行儀の良い地元ドライバーたちは怖がってそばへ寄らないくらいだ。さすが、生き馬の目を抜く土地で鍛え上げられただけのことはある。
ジャカルタ・ドライバーにとって、交通法規が最優先に守られるべきものでないのは、インドネシア社会の中での法令規則の位置付けと瓜ふたつ。車線をまたいで走り、停まってはいけない場所で停まり、乗降すべきでない場所などお構いなしで平然とそれを行い、渋滞すればあっという間に三車線に四五台が横並び。路肩を使っての追い抜きなどましな方で、対向車がなければ反対車線を堂々の逆走。交差点の赤信号でも左右からの往来が途絶えれば涼しい顔で押し渡るため、少し間を置いて来た車は目前の信号が緑であっても停止や徐行を余儀なくされる。それどころか、横断歩道の赤信号など、横断者がいるかいないかが停車するかどうかの鍵となる。左折可の標識などあろうがなかろうが、大通りでなければ赤信号にもかかわらず、左折車はどんどん右から来る交通の流れに合流して行く。Uターン路を逆走して反対車線の右端に鼻先を突っ込み、そこの最中央寄り車線を平然とブロックする車もある。駐車禁止標識がある場所にも駐車番がいて、平気で車を停めさせてくれる。追い越しは右からも左からも行われる。左から突然轟音をあげて斜め前をかすめるオートバイや、豪u梃ッΔ侶箚屬髯・w)すり抜けて車の前に回りこむと右側車線を走り続けるオートバイ。速度制限も定められているが、ドライバーはみんな自分の快適スピードを優先し、おまけに他車の前に出たがるから、法定スピードを守ろうとする者などいない。
2004年1月から7月までの間に首都警察交通局が切った交通違反切符は29万5千枚だが、その中にスピード違反は一枚も混じっていない。かつて有料自動車道路でスピードカメラをとりつけたところ、ほぼすべての車がスピードオーバーで走るためにカメラがオーバーロードし、カメラ使用はテストのみでやめてしまったという話もある。インドネシアではスピード違反と酒気帯び運転の取締りなど行われたことがない。街中でも高速で走れる状況になれば、みんな一斉に突っ走る。要所要所に立っている警官の中に、それに目くじらを立てる者はいない。そしてインドネシアの酔っ払い運転は、酒によらず麻薬によるものというのが常識らしい・・・・・・・・・
(文・西祥郎)
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