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高校時代の憧れにそっくりだった彼女 (ジャカルタ在住M..S)    

三年たったら迎えにくるからと、当時付き合っていた彼女を日本に残し、ジャカルタに赴任したのは、もう十年以上前のことでした。当初は仕事に追われ、その淋しさを紛らすためしょっちゅう日本へ国際電話していたものでしたが、ジャカルタに慣れてくると、若い男なら 『まず嵌まる』というカラオケラウンジに、私もどっぷり浸かってしまい、気が付けば日本の彼女とは徐々に疎遠となっていきました。

私の通ったカラオケラウンジはブロックMにある○○というお店です。実はそこが初めてのカラオケラウンジ。それで、見事その店に嵌まってしまうのですが、これには理由があったのです。初めてのその店で、初めて私に付いたホステスの女性(娘といった方がいいかもしれません)が、高校時代に憧れていた女の子にそっくりだったのです。当時はこちらの慣習や女性のスマイル(どこへいっても微笑んでくれますよね)の意味がわからず、すっかりその優しさそして微笑みに惚れ込んだ私は、彼女と付き合ってすぐに、真剣に彼女のことを考え始めました。日本にも過去彼女はいましたが、付き合ってすぐに結婚しようなんて考えたことはありませんでした。それぐらい彼女に惚れ込んでしまったのです。『(親の決めた)許婚がアメリカに行くので、私もそれに従わなければいけない。でもあなたと別れたくない』と泣きながら訴えるので、それを真に受けた私は『俺が何とかしてやらなければ…』と堅く彼女に誓ったものでした。(いまから考えると本当に浅はかですね)

ところが付き合い始めて半年もした頃から、徐々に彼女が我侭になります。まずいっしょに住もうと決めた段階で、部屋も何も探していない状態で、彼女がいきなり買おうと言い出したのはキングサイズのベッドでした。『まず部屋を先に探そうよ』と言っても、どうしても聞く耳は持たず『このベッドがほしい』と…。結局前金の十万ルピアを払わされる羽目に陥ります。(結局その十万ルピアは無駄になりました…)。さあ、そこから彼女の浪費癖が始まりました。休日毎にパサラヤへ行き、服や時計・貴金属を買わされます。ここまでなら大概の方も経験されており、『俺にも覚えがあるなあ』と苦笑されていることでしょう。

ところがそれだけで済まなかったのが、私のバカなところ。当然サラリーマンですから、出費の限界はくる訳で、『このまま君と付き合っていけば、俺は破産する』と彼女に文句を言って、(彼女の)猛省を促そうとしたのですが、彼女は別れ話を持ち出されたと勘違いして大逆ギレが始まります。子供を堕ろすお金をくれと医者の診断書をもってきたのは二回ほどありました。(いずれも当時の金で二〜三万円払わされた記憶があります)見知らぬ男の電話で『警察だが、彼女と別れたらお前の身によくない事が起こるぞ』と脅しの電話もありました。私が一時帰国している間、社宅(一軒家)に無断で宿泊したり(女中は『家に入れないと後で彼が帰ってきたとき首にしてやる』と言われたそうです)、夜半にいきなりやってきたり…と常識では考えられないことばかりです。

極めつけは私が朝出勤したら、彼女が私の机に座って、私を待っていた事です。これには参りました。小さな出張所とはいえ、これが日本の本社にばれると相当私の立場が危うくなっていたかもしれず、そのときはとにかくお金をやってすぐに帰らせました。とうとう意を決した私は、一方的に彼女と別れる旨を伝え、もう二度とその店にも行かないし、彼女にも会わないと宣言しました。しかし、そんなことで怯む彼女ではありません。さんざんの嫌がらせ電話から始まり、いよいよ夜中の待ち伏せ攻撃が始まりました。私が帰宅する頃を見計らって『なぜ別れたいの?』と直談判しにくるのです。何度理由を説明しても無駄。わたしはいよいよノイローゼ状態になりました。そして私の取った決断は彼女をしかとすることです。

ある夜のことでした。午前1:00を回っていたと思います。仕事(カラオケラウンジ)からの帰り、いつものように夜半攻撃をしかけようとした彼女ですが、私は自分の部屋に閉じこもり、彼女の呼び声(叫び声)が聞こえるの無視して頭から布団を被り、見ざる・言わざる・聞かざる状態にしました。それから一・二時間経って、彼女の声は聞こえなくなります。翌朝使用人に聞いた話ですが、彼女があまりにも帰らないため、警察に連絡したそうです。今度は前夜やってきた警察官が入ってくれて、彼女と私の話し合いが始まりました。その警察官はとてもいい人で、双方の言い分を聞き、今までの事実もすべて話した上で、二度と彼女が私に接触しないよう、彼女を諭してくれました。それで、もし彼女がまた電話してくるようであれば、また私に連絡してほしいとも言ってくれました。それでやっと彼女が電話してくることも夜半に押しかけてくる事もなくなったのです。

しばらくしてから、『あなたを愛しているから別れたくない』とか『今度、店を移ったからぜひ寄ってくれ』と半年の間に三通ほどの手紙をもらいました。移った店はいずれもブロックMの半径100メートル以内にある店ばかりです。チーママクラスのホステスに『しょっちゅう店を変わる娘は良くない』と聞いたことがあります。仲良くなった(彼女という意味ではありません)チーママに、『ひどい目にあったんだ』と話をしたら、『ああ、その娘ならよく知っている』と…。どうも札付きであったらしく、しかも子供がいるとか。ようはまじめに結婚を考えていた私が、まったくの大馬鹿者だった訳です。でもあの経験があったお陰で、少しはこちらでの遊び方を勉強させてもらった気がします。そんな意味では彼女には大いに感謝しています。

この間、十年ぶりに彼女と再開しました。あるカラオケ店での話です。『私のこと、覚えている?』忘れるはずがあるもんですか。しかし私は『ソーリー、もう昔のことは思い出したくないんだ』とちょっと可哀相なぐらい彼女に冷たくあたってしまいました。しかし彼女も店をころころ変わるとはいえ、十年もあの商売を続けるとはたいしたものです。その点は彼女を見直しました。ただし二度と付き合おうとは思いませんが…。

長々と書いてしまいました。カラオケ譲の悪口になってしまいましたが、ブロックMにいるすべてのカラオケ譲が彼女のような性質の悪い女性ではないということもお伝えしておきます。日本人と知り合ったことで、水商売からきっちり足を洗い、幸福に暮らしている女性もいます。女手ひとつで子供を育てるために頑張っている女性もいます。ブロックMに通う男性諸君(まだ赴任されたばかりの方)には、くれぐれも前者の轍を踏まず、仕事に遊びに頑張ってもらえるよう、熱いエールを送ります。


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