| タケノコ先生、お別れパーティー
タケノコより御挨拶〜勤務医として6年間ジャカルタで頑張って参りましたが、1月15日をもってジャカルタ共愛メディカルを退職することになりました。本音をいえば「もっとインドネシアで頑張りたい!」。しかし自分が本当にインドネシアでやりたいことをやろうと思えば、少なくとも現時点では不可能。組織に所属するもどかしさ、そして外国人医師としてやっていく難しさを痛感し、ジャカルタを去る決断を下しました。一旦日本へ戻り、来るべき日に備えて、十分に力を蓄えておくことに致します。そしていつかまたジャカルタに戻ってきたいと思います。そのためには一人でも多くの「タケノコ先生、ぜひ戻ってきてくれ!」と言ってもらえる協力者が必要です。今後ともタケノコをよろしく御支援ください。
最後に、この6年間でお世話になった方々へ、ささやかな御礼パーティーを催すことに致しました。なるべく多くの方々にお集まり頂きたく思います。ぜひ御参加ください。
日時 1月16日 金曜日 午後 6時より 大コンパ
場所 ミッドプラザ2 地下 CERIA チュリア
TEL 570−6294
会費 なし 飲み逃げ可
タケノコ医者こと JKMC医師 山田晴男
タケノコ先生プロフィール
慶応大学文学部を三年生で中退、フリーター生活を経た後、信州大学医学部へ進む。卒業後、『白い巨塔』を目指し奮闘するも、医学会特有のヒエラルキーに阻まれあえなく脱落。その後徳洲会に所属し離島勤務を希望、半年後には徳之島の田舎医者となる。徳之島を皮切りに田舎病院を渡り歩き、一人前の医者になるべく修行(内科、外科、小児科、産婦人科)、家庭医学・触診医療の重要性を学ぶ。最後は老人施設にて人生の終焉(末期医療の世界)を研究し人生哲学を考える。その間かねてより夢であった『発展途上国での勤務』を希望していたところ、友人に「バナナが安い。おねえちゃんが奇麗」とジャカルタ勤務を勧められ、30秒思案した後ジャカルタ行きを決断、現在に至る。
ジャカルタでの記録
勤務医として在ジャカルタ6年〜おそらく最長。その間診た患者数はおよそ30000人〜おそらく最高。安月給〜在ジャカルタの外国人医師としておそらく最低。HPよろずインドネシアにて医療掲示板を担当。ジェイピープルにも二回『秘密の医療話』を提供。洪水支援、バリ・スラバヤ等に出張医療。B&Bゲスト出演。「ジャカルタ・祭りの会」医療協力。
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