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新国家「大和」、日本より分離独立を宣言する。

Part10 最後の大決戦、果たして奇跡は起こり得るか?(後)その9(2005.11.23)

「奇跡じゃ……。奇跡が起こったわい」

こう言ったのは大和大室直吉老人。天皇陛下のお言葉で全国民が静まったことを奇跡と言っているのではない。高曽出安伊予元総理大臣と天皇陛下御登場のシナリオを作ったのは勿論直吉老人。天皇陛下のお言葉で全国民が静まるはずとは予め予想済み。それはシナリオ通り。しかし天皇陛下にお願いしたのは、旧政府から『一部の良心ネットワーク』への政権移譲を宣言してもらうこと。そして国民が暴徒化する前に、彼らを宥めてもらうことだけだった。御自身の天皇家否定や新国歌提案など進言した覚えはない。それに既に引退して久しく、二度と公にその姿を表すことのなかった、国民的人気歌手・山口桃恵が登場したことも奇跡であった。なぜたった一晩の間で、天皇陛下はそこまで(天皇家を御自ら否定し、君が代に代わる新国歌を提唱)お考えになられたのか、なぜ山口桃恵までが登場してきた、いや登場できたのであろうか?――

 事の真相はこうであった。天皇陛下はここ数年すっかり心痛まれていた。御自身の思い天に通じず、国民は疲労し、国家は逼塞し、一向に回復する様子が見られぬどころか、ますます困窮していくばかり。折に触れ国民を慰め激励してきたが、御自身の非力(大多数の国民はそう思っていないのにもかかわらず)を嘆き、どうすればこの思いが報われるかを、常に御自身で試行錯誤されていた。御自ら意見ありと仰せられるは、議会制民主主義を無視した行い。天皇家はあくまで国民の象徴であり、政治は国民の行うもの、天皇家は一切国政に口を挟んではならぬ。そのジレンマの中で天皇陛下は思い悩み、結局できることと言えば、国民を慰め激励し御自ら天に祈ることのみ。そうやって生きていくことが天皇家の使命であった。しかしこの数カ月、日本は太平洋戦争以来の非常事態に陥っている。明治以降、日本は天皇家を主君とする立憲君主国、議会制民主主義になってから天皇御自ら政府を指導されたのは僅か二回、二・二六事件の鎮圧・沈静化そして太平洋戦争終戦の詔勅のみである。議会がその機能を停止した瞬間、議会制民主主義は終焉する。国家は立ち行かなくなる。天皇御自ら日本を指揮してもらうほか、その危機を打開する方法はない。現在の天皇陛下は「今がその時であるかもしれない」と、この数カ月ずっと考え続けられていた。勿論「自分の出番などない方が好ましい。国民が一丸となってこの危機を乗り切ってほしい。でも万一そうならないのであったら」と……。そして天皇陛下の願い虚しくその時が訪れたのであった。まさか忍者が御所を訪れるとまでは予想されていなかったが、ことの成り行きを考えれば当然こんな展開は十分予測できた。そしてかねてより皇太子御夫妻と仲の良い山口桃恵に緊急連絡し「私の願いを聞いて頂けませんか。国家国民のため、今一度あなたの歌声を聞かせてやってもらえませんか」と陛下御自ら願い出られたのである。山口桃恵も今が日本の非常事態であることは十分承知している。それに直接天皇陛下に頼まれては断れるはずもない。そんな訳でこの奇跡は起こったのである。ちなみに皇太子御夫妻と三浦智樹・山口桃恵夫妻は十数年来の気の置けないカラオケ仲間であった。

国会議事堂の『一部の良心ネットワーク』面々、および防衛警察隊――
「やったあ!俺達は勝ったんだ!」
欣喜雀躍、興奮坩堝の大騒ぎ。大抱擁して喜びを表す。感動して大泣きする。拳を突き上げ咆哮する。がちっと両の手を合わせ跪く。踊り出す。新日本プロレス中西獣太は大興奮して国会議事堂を走り回る――「うほ、うほ、うほ、うほ」
 森田、「はー」とようやく安堵し目を閉じた。桜庭が
「ねっ、森田さん、私の言った通りになったでしょ」
森田、破顔一笑。桜庭に応じて
「桜庭さんは何でもお見通しなんだなあ」
「直吉お爺さんに任せておけば大丈夫だって」
「確かに……」
『一部の良心ネットワーク』同胞、元国会議員の石原野薇太、甘納豆、岩国商人、ツルワ・センネン、西村金魚、追志位勝男、西川よしき、そして各界から参加した著名人――コリー伊藤、アントニオ芋木、本宮万吉、浜村中、宮大工真司、米長栗男……そうそうたるメンバーが森田の元に駆け寄り、しっかと握手、そして抱擁。
 いきなりプロレスラーの中西獣太が走り寄ったと思えば、森田をむんずと肩車し、そのまま国会議事堂内を走り回る。やがては国会議事堂を飛び出し、全国民に勝利そして新国家誕生の喜びを森田とともに大アピール。手を振って笑顔で大観衆の大声援・大歓呼に答える森田。その映像は当然日本全国に中継され、国民はいよいよ新国家誕生の奇跡を実感していくのであった。

こうして群集は、宥められ、感激し、大喜びし、満面にこやかな笑みを浮かべながら、その余韻をずっと残したまま、三三五五家路についた。この大事件の間、ずっと暖簾を下ろしていた飲み屋、居酒屋は、その日大急ぎで店を開け、ほぼ全店で全額無料のふるまい酒が提供された。百貨店もスーパーも翌日から、全商品大ディスカウントの新生日本誕生記念セールを実施すると発表。テレビもラジオも新聞も週刊誌も、新生日本誕生を祝う大特集。ここでようやく日本経済復興の兆しが見え始めたのである。

さて旧日本政府国会議員一同が待機していた永田町自民党本部の大広間――
国民の大熱狂と大喜びとは対照に、旧国会議員六百余名の暗い顔。支持者からはそっぽを向かれ、自政党の仲間と思っていた連中からは裏切られ、超大物政治家高曽出安伊予からは諭され、ついには天皇陛下の詔勅でとどめを刺された、この哀れなる政治家達。自業自得とは言え、自分らなりに精一杯やってきた自負はある。納得できない思いもある。そんな連中を前に最中は敗軍の将として最後の挨拶をした。
「皆さん、もう多くは語るまい。我々は敗れた。我々のやって来た事は間違いであったのか?――。そうでないと信じたい……。しかしもう負け惜しみはやめよう。我々のやり方はもう古いのだ。時代は変わる。いつまでも我々が居座っては駄目だという天の声だろう。今こうやって思い返してみると、もっと早く退陣しておけばという機会が幾度もあった。潔く退陣を決断しておけば、ここまでの騒ぎにはならなかったろう。いまさら遅いと怒らんでくれ。すまん、この通りだ」
そう言って六百人余名の前で頭を下げた。福田マスオ官房長官、山崎魚拓政調会長、青木美智悪総務会長ら自民党幹部連中も、みな嗚咽し、悔し涙を流している。特に鈴木スネオは、まるで子供のように泣きじゃくり、醜態とも言えるほど大泣きした。(これはさすがに嘘泣きではない)
「鈴木よ、もうみっともない真似はよさんか。忍べ!耐えよ!」
「嫌だあ、俺は総理大臣になるんだあ!」
いくら言い聞かせても、激しく泣き止まぬスネオ。とうとう最中、堪忍袋の緒が切れた。右掌で思いっきり怒涛の張り手を一発。鈴木スネオ、四〜五メートルは吹っ飛び、その瞬間、床に頭をぶつけ気絶した。
「皆さん、見苦しいところをお見せしました。それでは政権移譲の準備・引継ぎに掛かろうではありませんか」



以下明日に続く(土曜日の更新はありません)。

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