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新国家「大和」、日本より分離独立を宣言する。

Part11 終章〜(2005.11.24)

それから半年後、『一部の良心ネットワーク』中枢部はそのまま新生日本政府となり、旧政府の後を引き継いだ。新生日本政府はあくまで新しい国家の形態を作り上げるための暫定政府であった。新国家の基礎作りを終えた段階で一旦解散し、総選挙にて新しい国会議員を選ぶことに決めた。そして暫定政府の指導者として満場一致で暫定初代大統領に選ばれたのは、旧政権と『一部の良心ネットワーク』の間で奔走し、最終的に国民から熱烈なる支持を得た森田金作であった。副大統領として桜庭よしこ、大統領補佐に甘納豆、同じく大統領補佐に石原野薇太が選出された。全国を二十州に分け完全地方分権制度を採用。地方分権制を進める上で、ともに作家出身である東京都知事の石原貫太郎と長野県知事の田中優男が、新政府の相談役になった。東京は日本特別州となり、また大和は日本から分離独立はせず、小笠原諸島全域が『大和小笠原州』となることに決定した。日本はアメリカと同じような連邦政府となり、将来は保守・革新による二大政党制を実施予定、大統領を選出する。

 日本の悪習であった官僚制度は大幅に改革された。天下り機関は全面廃止である。ただし最中が官僚に約束していた『内閣法制局元老院』(名称は『官僚友の会』)を政治家へのアドバイス期間として設けることにした。やる気を削ぐことのないよう官僚達の収入は大幅にアップされ、「新生国家の浮沈は君達にかかっている」と森田大統領に期待されたものだから、大改革により大幅にクビ切りされると思っていた官僚達は、新政府の寛容で太っ腹な扱いに、非常に気を良くして、官僚本来の役割を忘れず、国家国民のために働くことを決意した。

大和と『一部の良心ネットワーク』の問題でこの二カ月、まったく中断していた日本経済はいきなり息を吹き返した。蘇生なんてものじゃない。パワーアップして蘇った。『大和小笠原州』の協力もあり、失業率はあれよあれよという間に一パーセント以下となった。新生国家誕生景気で国民総生産、国民総所得とも大幅に向上。新生日本はふたたびアジアでの中心的存在となり、国際信用調査では将来最も期待される国家として、堂々世界一の評価を得た。

『一部の良心ネットワーク』に防衛警察隊として協力した格闘技団体、格闘家も日常に戻った。その後再開された興行はいずれの団体も大盛況。特に新日本プロレスの中西獣太は大人気で「うほ、うほ、うほ、うほ」が大受けし、東京ドームのような大会場や地方体育館での小さな興行でも、常にメインエベンターを務めた。そして『一部の良心ネットワーク』に参加した各界有名人もまた自分達の専門領域に戻っていった。

 天皇陛下の御提案された新国歌『川の流れのように』、そして大和の国歌になる予定であった『昴』は、『君が代』に続く第二、第三国歌として採用された。厳粛なる式典には『君が代』が主に使われ、スポーツの祭典などは開会式に『昴』、閉会式に『川の流れのように』が使われた。最も多い使われ方は『君が代』と他の二曲の併用パターンであった。

 旧国会議員は総退陣後、ほとんど引退した。過去マスコミに幾度となく取り上げられ、蛸花隆の大論文でも、不正疑惑追及を暴露された政治家は、たとえ寛容な新政府といえども、それを許すわけにはいかなかった。けじめをつける目的で、不正の割合により財産の半分から全部を没収することにした。過去の功績を考慮そして新国家誕生の恩赦も加わり、全員実刑は免れた。
 最中は財産の半分を没収され、生まれ故郷京都の田舎へ転居した。そして二度と政局に復帰することはなかった。田舎では近所の中高生を相手に寺子屋政経塾を始めた。
 他の議員も似たり寄ったりである。コンサルタント会社や小さな法律事務所を開く者が多い。元国会議員の肩書きで本を出版する者、全国をお詫び行脚と称して遊説し講演料を得る者、大なり小なり食いっぱぐれることはなかった。
しかし鈴木スネオは貧窮を極めた。あまりの不正疑惑の多さに、財産は全部没収。会社を興そうにも資金がない。悪評が祟り、資金を出してくれるスポンサーもいない。生まれ故郷の北海道足寄町に帰るも、地元住民からさえ総スカン。とうとうタバコ銭も費え、後は死ぬしかないと途方に暮れていたところ、以前からうりふたつと言われていた関西の人気漫才師『アホの迫田』より救いの手が差し伸べられた。失意のどん底にあるスネオに向かって
「どうせアホなら、国民から嫌われるアホにならんと、国民から愛されるアホになれへんか?」
の一言で一念発起。漫才コンビ『アホ・ブラザーズ』を結成し、全国をまたにかけ興行を始めた。最も受けたのは次のネタ。まず鈴木が第一声――
「皆さん、こんばんは。わてがアホの迫田でございます」
「何、言うてんねん。迫田はわいやないか!」
「君こそ、何言うてんねん。君は偽者や。あ、わかった!君は大悪党の鈴木スネオやろ!」

 大和の大室直吉老人は、旧政府から新政府へ半年間の引継ぎ期間が終了した後、つまり名実ともに新生日本政府が誕生した後、安らかな死に顔でその一生を終えた。そして新生日本国連邦による国葬が行われ、小笠原大和大室直吉の名は永遠に、日本人の心に刻まれた。

 後年の歴史が明らかにしたところによると、大橋嘘千を除く『一部の良心ネットワーク』に参加した――桜庭よしこ、小林善紀、コリー伊藤、アントニオ芋木、本宮万吉、浜村中、宮大工真司、米長栗男らは、実はみんな大室直吉老人の愛弟子であった。そしてこの日本初の市民大革命全シナリオを作ったのも大室直吉老人であった。混迷する日本を救うため、『一部の良心ネットワーク』は大室直吉老人の手足となり、日本を革命に導いた。秘密工作・諜報活動を行ったのは『影の軍団』、自衛隊の小笠原派遣で森与太郎を操り、クーデター自衛隊員の大戦隊を派遣させたのも彼らの仕業である。

 大昔日本を造った神様は未来を予見した。混乱状態に陥っていく日本を嘆かれ、地上に一粒の種を蒔いたという。明治に芽を出し、大正・昭和の時代蕾であったその種は、平成になって開花し、混乱する日本を見事に再生してみせた。その種である大室直吉の魂は昇天し、日本を守る神々の一人となり、新生日本の行く末を見届けるよう、天に鎮座した。(完)

以下明日に続く(土曜日の更新はありません)。

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